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名古屋高等裁判所 昭和53年(う)268号 判決

被告人 Y(昭○・○・○生)

主文

原判決を破棄する。

本件を津家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、津地方検察庁四日市支部検察官浅田昌巳作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は原判決は、本件公訴事実である

(一)  「被告人は

第一、昭和五一年八月初めころ、四日市市○○町×番×号○○○○前路上において、A子(昭和○年○月○日生)が満一八歳に満たないことを知りながら、同女に対しBを売春の相手方として紹介し、よつて、同女をして同日三重県三重郡○○町○○○×××番地「モーテル○○」において、同人を相手方に売淫させ、もつて売春の周旋をするとともに一八歳未満の児童に淫行させ、

第二、前同月末ころ、同市○○町××番×号「喫茶○○○」において、前同女が満一八歳に満たないことを知りながら、同女に対しCを売春の相手方として紹介し、よつて、同女をして同日、同市○○×丁目×番××号「ホテル○」において、同人を相手方に売淫させ、もつて売淫の周旋をするとともに一八歳未満の児童に淫行させ、

たものである、」

との売春防止法違反、児童福祉法違反の事実に対し、大略右事実に添う事実を認定して被告人に対する売春防止法違反の罪責を認めながら、児童福祉法三四条一項六号違反の事実についてはその理由中で

(二)  「児童福祉法三四条一項六号に規定する『児童に淫行させる行為』とは児童に淫行を強制し、または勧誘する場合のみならず児童に対して、事実上の影響力を及ぼして児童が淫行することを助長し、促進する行為をも包含する(最高裁判所昭和四〇年四月三〇日第二小法廷決定参照)と解すところ、これを本件についてみるに、なるほど被告人は・・・・・・売春する者である児童のA子とその相手方となる者であるBやCとの間で売春行為が行われるよう仲介して、売春の周旋をなしたものであるが、被告人がA子に淫行を強制したり、又は勧誘した事実はもとより、A子に対する事実上の影響力を及ぼして、A子が淫行をなすことを助長したり促進したりする行為をなした事実はこれを認めるに足る証拠はない。即ち被告人がはじめてA子と知り合つた際、A子の方から売春の相手方を紹介して欲しい旨依頼されているところであるし、また被告人とA子とは性的交渉はなく、被告人はA子から一切の金銭的、物質的な利得も得ておらず、被告人がA子に対し事実上の影響力を及ぼし得るような地位、立場にいなかつたことは明白である。従つて本件のうち児童福祉法違反の各公訴事実については刑訴法三三六条に規定の被告事件について犯罪の証明がないときに該当するので、無罪の言渡をしなければならないところ本件のうち売春防止法違反の各公訴事実と刑法五四条一項前段のいわゆる観念的競合の関係に立つものと解されるので児童福祉法違反の点については特に主文で無罪の言渡しをしない。」旨判示し引続き「本件は少年法三七条により児童福祉法違反の刑をもつて処断すべきものとして家庭裁判所に起訴されたものであるところ、同法違反の罪が無罪であるときは、有罪である売春防止法違反の罪についての家庭裁判所の管轄権の基礎が失われるので、これについて実体的判決をなし得ず、刑訴法三二九条に則り管轄違いの言渡をするのが相当である」旨判示して、主文で本件のうち売春防止法違反の点は管轄違いの言渡をなしたものである。

(三)  しかしながら原判決のうち被告人の行為をもつて児童福祉法三四条一項六号に該当しないと判断した結果、前掲主文の如き結論に導いたのは、前記原判決が理由中で引用する最高裁判所第二小法廷決定でいう「児童に事実上影響力を及ぼし」との説示についての評価、解釈を誤つたもので、同法条の構成要件である「児童に淫行させる行為」との外形的文言にのみとらわれて、すべての国民が児童を心身とも健やかに育成しなければならないとの前提のもとにこれを阻害する行為を処罰している児童福祉法の目的、趣旨を没却したもので到底容認することはできず、被告人の行為は同法三四条一項六号にいう「児童に淫行させる行為」に優に該当するのに、これを否定した原判決は同法条の解釈適用を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

所論にかんがみ記録を調査すると、被告人が所論(一)摘録の売春防止法違反、児童福祉法違反の公訴事実について、原裁判所に公訴を提起されたこと、原裁判所はその審理において適法に取調べをなした原判示理由二冒頭掲記の各証拠に基き、同理由二の事実即ち「被告人は昭和五〇年一二月ころから、四日市市○○町所在の喫茶店『○△○』及び同店二階の麻雀店『○』に毎日のように出入りするようになり、右喫茶店『○△○』の経営者であるBと心易くなつたほか同喫茶店に出入する女子高校生などとも顔見知りになつたりしたこと、昭和五一年八月初めころ(原判示理由二項中昭和五二年八月初め頃とあるのは誤記と認める)、ふとしたことから高校中退のD子を知るようになり、次いで同女を通じてその友人であるA子を知るようになつたこと、被告人がA子を知つた際、同女が男性と性交渉を持つて金を貰う、いわゆる売春をしているものであることを右D子やA子の口から直接聞いたこと、又その際被告人はA子からお金のある男の人がいたら世話して欲しい旨依頼されたこと、その後間もなく被告人は前記Bに右A子の話をしたことから、Bはその話に興味を示して被告人にA子を紹介して欲しいと依頼したので、被告人はそのころ右BをA子に紹介して引き合せ、その結果右両名は前記『モーテル○○』において肉体関係を持ち、BはA子に二万円の売春料を支払つたこと、同月下旬ころ、当時Cは妻と離婚し、男手で子供一人を養育していたことから、被告人に嫁の世話を依頼していたものであるが、前記喫茶店『○△○』において、被告人に嫁の心当りを尋ねたところ、被告人から『若い子やで結婚は無理やが遊ぶだけならいいだろうからまあ一度会つてみるやわ』と言われ、そのころ右CにA子を紹介して引き合せ、その結果右両名は四日市市の前記『ホテル○』において、肉体関係を持ち、CはA子に三万円の売春料を支払つたこと、被告人とA子との間には性交渉を持つたことは一度もなく、又被告人がA子から金銭的利益やその他経済的、物質的な利益は一切得ておらないこと」の各事実を認定して、被告人の原審公判廷での供述記載のうち「A子をBやCに紹介したのは単にお茶飲み友達として引き合せたに過ぎない」旨の部分を措信し難いとして排斥したうえ、右認定事実から被告人がA子をB、Cに紹介し引き合せた行為はいずれも売春の周旋に該当することは明白であるとして、被告人の行為を売春防止法六条一項に違反する旨判示したこと、しかし被告人の児童福祉法違反の行為については所論(二)摘録の理由により犯罪の証明がないときに該当するとし、特に前記売春防止法違反の罪との罪数関係、管轄権の関係から児童福祉法違反の点については特に主文で無罪の言渡しをしないが、家庭裁判所の併合管轄権の基礎が失なわれたものとして、主文において本件のうち売春防止法違反の点は管轄違いの言渡をなしたことは明らかである。

ところで児童福祉法三四条一項六号にいう「児童に対し淫行をさせる行為」とは原判決が引用する昭和四〇年四月三〇日最高裁判所第二小法廷決定にいう「児童に対し淫行することを強制強要する場合のみならず、直接たると間接たるとを問わず児童に対し事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し、促進する行為を包含する」ものと解するところ、右の「事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し促進する」との趣旨は、当該児童が淫行するか否かの意思決定をするについて、これを左右し支配するに足る心理的、物理的強制力を加えることが必要であるとか、犯人と淫行をなした児童との間に雇用状態や性関係のむすびつき、或は相互の経済的、物質的利益の授受などの行為が存することを必要不可欠の要件とするものとは理解し難く同法文が「淫行をさせる行為」とした文辞の解釈上その行為の態様として少なくとも児童をして淫行行為をすることを容易ならしめて、これを助長し促進する事実上の影響力のある行為の存在を必要とし、またそれをもつて足るものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、記録を調査し、当審における事実取調べの結果によれば、本件発生の経緯及び被告人の所為は前記原判決認定のとおりであるが、これに若干付加敷衍すると「A子は昭和三五年一月三日生の当時高校二年在学中のもので一八歳未満であり、このことは被告人も知つていたこと、BをA子に紹介するに際しては、あらかじめ被告人において同女に架電し『マスター(Bのこと)が気に入つたらしいがどうか』と連絡して、同女に売春の相手方がBであることを知らせ、その了解を得て、待ち合せ場所を喫茶店『△』と定め、その待ち合せ時間も連絡をとり、同女と同店で落ち合い、その際同女に終つたらすぐ電話するよう告げるとともに、他方Bに架電し、同人から乗用自動車で○○○○前に行くと連絡をうけると、同女を○○○○前まで連れていつて同所で同女をBに引き合せるとともに、B運転の自動車に同女を同乗させ、同女が右Bを相手に売春した後、同女から『いま終つたから』と電話報告を受けた際『金はいくらもらつたか』など同女に尋ねていること、またCをA子に紹介するに際しては、被告人において同女を喫茶店『○○○』に呼び出し、一方Cに対しても同店に来るよう電話連絡して同店で初対面の両名を引き合せるとともに『二人で何処かに行つて話をするのや』と告げるとともに同女に『終つたら電話するように』と告げて、同女をCの運転する乗用自動車に同乗させ、同女がCを相手に売春した後、同女から『いま終つたから』と電話報告をうけた際、『金はいくらもらつたか』など同女に尋ねていること」の各事実を認定することができ、右認定に反する被告人の原審公判廷の供述記載、当審公判廷における供述は原審及び当審で取調べたその余の各証拠と対比すれば措信することはできない。そして前記原審認定の事実と右認定の事実を総合すれば、被告人の本件行為の態様は児童であるA子に対して、B、Cと性交させる目的で、右両名を紹介したうえ、同女に淫行させることを容易ならしめ、助長、促進するために周到な媒介行為に出たうえ、売春の結果についても報告を受けているものであつて、これらの行為は同女が前記の淫行をするについて事実上の影響力を及ぼしこれを助長し促進していると評価できるので児童福祉法三四条一項六号にいう「児童に淫行させる行為」に該当するものというべきである。従つて被告人の児童福祉法違反の点について当審の判断と理由及び結論を異にする原判決はその限度で同法条の解釈適用を誤つたものであると言わざるを得ない。

ところで本件起訴にかかる児童福祉法三四条一項六号違反の罪と売春防止法六条一項違反の罪とが刑法五四条一項前段のいわゆる観念的競合の関係に立つものと解されるところ、本件は同法五四条一項前段、一〇条により重い児童福祉法三四条一項六号違反の罪の刑をもつて処断すべきものとして家庭裁判所に起訴された場合であるから、前記のとおり児童福祉法違反の罪が成立する以上、売春防止法違反の罪についても家庭裁判所の併合管轄権が認められるものであり、これと結論を異にし管轄違いの言渡をした原判決は、前記法令の解釈適用を誤つた結果、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかなものといわざるを得ない。従つて原判決はこの意味で破棄を免れない。

よつて、本件控訴は理由があるので刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従い本件を津家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田寛 裁判官 鈴木雄八郎 吉田宏)

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